合氣道真生会川崎高津道場 活動報告

2015.01.04

合氣神社を参拝しました

2015年1月3日(土)、茨城県笠間市岩間の合氣神社を参拝致しました。

合氣神社は、合氣道開祖である植芝盛平先生が昭和18年(1943年)に創建された神社です。開祖は日米開戦の翌年、昭和17年(開祖58歳頃)にはつ夫人と共に東京からこの岩間に移住し、亡くなられる数年前の昭和40年ごろまで、20年あまりに渡ってこの地で農作業に励みつつ稽古するという武農一致の生活を送りながら、東京の本部道場をはじめ、関西、九州、更には海外まで各地の道場を回って指導をされていました。

開祖は自然豊かでのどかなこの岩間の地を、後に「合氣の産屋(うぶや)」と称され、大変に気に入っておられたようです。開祖はそれ以前の大正末期から昭和初期ごろには既に日本最高の武道家の一人として名声を得ておられましたが、都会の喧騒を離れ、自然とふれあいながらじっくりと修業を積んだこの時期は、開祖の武道を更に高め、合氣道が技法、精神性の両面においてより深く、幅広く発展した時期であることが考えられます。合氣道の歴史において、また合氣道を修業する者にとって、この岩間の地は大変重要な場所の一つです。また開祖が岩間に暮らした期間は、世の中も戦中から終戦そして戦後へと大きく変化していった時代でした。開祖がどのような環境の中で、何を思い、何を目指し、どのように修業されて合氣道を生み出されていったのか、真の合氣道を求めて修業して行くためには常に研究し続けなければならないテーマであると思います。

私(吉見)がこの合氣神社を参拝するのは、およそ10年ぶりの二度めです。この1月3日(土)は非常によく晴れた日でした。朝8時頃に横浜の自宅を出て電車に乗り、上野で常磐線に乗り換え、岩間駅に着いたの11時ごろでした。岩間駅はこの数年の間に改築されたらしく、大変きれいでした。

〇岩間駅

さらに驚いたことには駅前に開祖の胸像が設置されていました。10年前には無かったものです。見れば観光案内の看板にも合氣神社が紹介されており、この地の合氣道関係者の皆様の努力が感じられました。

〇駅前の開祖像

開祖の像に一礼してから合氣神社を目指します。岩間駅から合氣神社へは大通りをまっすぐ、ほんの数百メートルという至近距離です。見れば通り沿いにも数十メートルおきに合氣道に関するモニュメントがあり、一修業者として大変嬉しい気持ちになりました。

〇通り沿いのモニュメント

そうこうしているうちに合氣神社が見えてきます。神社は、建物としては大きくありませんが、敷地は広く、周囲は高い木々に囲まれ静かな雰囲気に包まれています。神社内には人はいませんでしたが、境内はきれいに掃き清められており、よく手入れをされているようでした。なお、合氣神社のお向かいにはかつて開祖も稽古されていた道場があり(現、合気会茨城支部)、神社の管理もこの道場の方がされているようでした。

〇現在の社殿が建設されたのは昭和三十年代で、それまでは小さな祠を社殿とされていたようです。

〇社殿の脇には開祖の像が立っています

神前では、やや遅ればせながら一昨年の平成25年に合氣道真生会川崎高津道場を開設したことをご報告させて頂き、いま合氣道を稽古させて頂いていることを感謝し、今後の発展などを祈願させて頂きました。これからも開祖のお教えに従い、仲間たちとともにたゆまず修業を続けていきたいと思います。

参拝は12時ごろまでに終え、その後はこれも修業と思って岩間駅を挟んで神社から数キロのところにある愛宕山(あたごさん:標高306m)に登りました。自然に親しむことを好み、健脚であったと言われる開祖も登られたことがあったかもしれません。若い頃には郷里(和歌山県)の山中に分け行って修業されたという話も伝わっています。

愛宕山の山頂には1200年以上の歴史があるという愛宕神社(あたごじんじゃ)があり、古くは修験道の修業地でもあったようです。現在ではハイキングロードとして整備されており、山頂まで舗装道路も通っていますが、そこはなるべく山道のコースを選んで歩きました。そして最後には数百段あると思われる石階段・・・、306mという登山愛好家に言わせればなんてことのない高さの山ながら、普段山登りに親しまない人間にはなかなかよい運動(控えめな表現)になりました。小鳥の声を聞き景色も楽しみながらゆっくり登って1時間ほどで山頂に着き、愛宕神社を参拝し、一息ついて、下りはさらに険しい山道のコースを選び、何度か転びそうになりながら(一度道も間違え)薄暗くなってきたころになんとか岩間駅まで戻りました。今回は事前にあまり下調べができず、ほぼ登って下りるだけになってしまいましたが(それでも十分楽しめましたが)、他にも様々なルートがあるようなので、ぜひまた挑戦してみたいと思います。

(追記:後で少し調べたところ、開祖はよく弟子を連れてこの愛宕山に登り、神社の境内で剣や杖の稽古をされたという記事を見つけました。図らずも開祖のご足跡をたどることができ、喜ばしい限りです。)

それからまた少々街中を散策し、夕方6時ごろ帰路に着き、横浜に戻ったのは夜9時近くでした。少々遠い道のりでしたが、やはり合氣神社は改めて参拝させて頂いてよかったと思います。またいずれ参拝させて頂きたいと思います。そして、開祖の郷里である和歌山県田辺市やその他の開祖と関わりのある場所も、いずれ折を見て訪れてみたいと思っています。

〇奥に愛宕山(あたごさん:標高306m)

〇上りの山道

〇愛宕神社に至る階段(上から)

〇愛宕神社

〇山頂からの眺め、海も見えました

〇帰りの道

合氣道真生会川崎高津道場 吉見

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