合気道の「呼吸力」
「呼吸力(こきゅうりょく)」という用語は「通常とは異なる方法で生み出される合氣道特有の力」といった意味で合氣道界全体で広く使われています。しかしその捉え方は会派や指導者によって様々で、体の奥深くから導き出す力、全身の力を一点集中して使うこと、腰や膝といった体の一部をうまく利用して大きな力を生み出すこと、相手の動きに合わせること、力の方向を変えること、文字通り「呼吸」から生まれる力・・・等々といった説明がなされいます(なお「呼吸法」は、「呼吸力養成法」の略語です)。
合氣道真生会の呼吸力も他の合氣道とは異なる独特の理法です。合氣道真生会の呼吸力は、戦時中の昭和10年代に開祖・植芝盛平翁先生の内弟子となり、戦後は熊本を拠点に主に九州で修業と合氣道普及に尽力し、開祖ご本人より合氣道九段を允可された先師の教えを受け継ぐものです。
先師は、「呼吸」とは「陰陽(いんよう)」で構成される世界観の全体を表す言葉であり、「呼吸力」とは「それが安定して統一されたところに出る無限の力」、「力を抜いて相手と一体になることで生まれる結びの力」であり、それは「合氣道の根源である和合の精神から生み出される力」であると説明されていました。
先師は稽古において常に「自分の力をすっかり抜いてしまうこと」、「相手の力とぶつかり合わないこと」が大事であると指導され、実際にその技には「押す」、「引く」といった無理な力が感じられず、まるで自分が無重力空間に瞬間移動してしまったかのようにフワフワと体が軽くなり、コロンと転がってしまう不思議な感覚をしばしば経験しました。
合氣道真生会は、先師の身近でおよそ40年に渡って修業した濱田師範長のご指導を受け継ぎ、「体力的な力」を用いず、自分にも相手にも無理な負荷のかからない自然の理に即した技を探求しています。
更にそうした呼吸力を元とする技を行う時は、相手の力が自分にぶつかってこないため、力負けしないようどっしりと腰を落として重心を安定させたり姿勢を固定したりといった必要がなく、力みもないため自由に素早く動きながら技を行うことも可能になります。
この「自由に、素早く動ける」という体のあり方は、どのような不測の事態にも対処しなければならない武道において極めて大切なことです。真生会の稽古の特徴の一つである素早い多数者掛りの技は、一般のスポーツ的な身体操法ではなく、相手を無力化する呼吸力と体さばきが一体となって働くことではじめて可能になるものです。また技を行う際に息を詰めて力むことがないため、いくつもの技を連続して行っても息切れすることがありません。普通に話しながらでも次々と技を行うことができますし、稽古後に疲労感もありません。
このような「呼吸力」は、先師が開祖の教えを受け、長年の修業と合氣道普及に尽力する苦難の中で磨き上げた独自の理法です。そのため先師とつながりのない他のほとんどの合氣道には元々その概念がなく、指導者クラスの方々でも習得していませんし、理解している方もわずかです。書物やネットに外部の合氣道、武道関係者が先師の呼吸力を説明した文章は少なからずありますが、正確に解釈しているものはほぼありません。合氣道は表面的には似ていても会派(団体)や道場により理念や技法、稽古方法が大きく異なるため、稽古を積み重ねていく中で育成される能力も武道観もそれぞれに異なります。
※合氣道が「合氣を使う武道」だと誤解されていることがありますが、合氣道の「合氣」は「愛に通じる」理念として開祖が用いた言葉であり、一部の古武術で技術的理法として用いられる「合氣」とは意味が異なります。合氣道の指導者にも混同している方が多いので注意が必要です。
「呼吸力」を指導する濱田師範長
濱田師範長による多数者掛り
川崎高津道場の稽古
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【参考例】 呼吸力養成法(座取り)
①他会派の方法 ※「投げ」(吉見)が過去に稽古した会派です。
「投」は「受」の力に負けないように十分に体勢を整えて両手を取らせます。
体の中から力を練り出し、螺旋状に手を押し挙げ、「受」の腰を浮かせます。(手はしっかり開いて手刀の形にしています)
「投」はさらに押し込んで「受」を倒していきます。
手刀(しゅとう)
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②合氣道真生会の方法
「投」は力を抜いて両手を取らせます。感覚を一体化させることで触れた瞬間に「受」の重心は不安定になっています。
「投」はごく軽く接触点のみにまかせて「受」を崩れる方向に導いていきます。(拳は軽く結んでいます)
「受」はバランスを失ったまま自然と倒れていきます。
軽く結んだ手
①、②とも、形は似ているように見えるかもしれませんが、「投げ」の心身のあり方や、「受け」が得る感覚は全く異なります。
関連ブログ「「呼吸力」~無重力空間に導く技」https://aikidoshinseikai-kawasakitakatu.cloud-line.com/blog/2021/03/101388/#more
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